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葬儀の歴史11


第二次世界大戦の影響で、戦後の日本は大きく混乱して、葬儀をまともに上げることもできなくなってしまいました。しかし、1950年の朝鮮戦争などの影響による特需景気によって、徐々に日本経済は回復していきました。それに伴って、葬儀も一緒に復興していくこととなります。
戦後の葬儀の変化としてまず挙げられるのは、祭壇や葬具の変化です。葬儀には、必要な葬具がたくさんあります。それらは元々、それぞれの葬儀業者が自分で製作していたのですが、葬具を製作する専門の業者が1950年代に次々と誕生しました。これによって、葬儀業者は製作販売をする業者から、棺や祭壇といった葬具を購入するという図式が整います。
すると、地方地方によって異なっていた葬具が、だんだんと全国的に標準化されていくということが起こります。これは、葬儀にとっては大きな変化でした。また、バラエティ豊かな葬具の開発なども進んでいくことになります。

もうひとつの大きな変化は、今でこそ当たり前にある、互助会が誕生したということです。互助会の誕生は1948年のことでした。その発祥は、横須賀にある西村葬儀社さんです。現在でも横須賀で営業されている西村葬儀社さんですが、西村葬儀社さんは戦後当時、蓄えがなく冠婚葬祭を満足に行うことができないという市民の状況を受けて、横須賀市冠婚葬祭互助会を立ち上げました。
このことは1953年に新聞記事となり、それがきっかけで全国に冠婚葬祭互助会が誕生しました。月々定額を支払うことで、割安に結婚式や葬式ができるということは、一般市民にとってはとても助かるということで、どんどん普及していきました。

この互助会を開始した業者の多くは、実は元々あった葬儀社ではなく、他業種からの参入でした。しかも、それらの中には元々の業者のように家族経営の小さな会社ではなく、大きな資本を持った企業もあり、葬儀業界はどんどん企業化が進んでいくことになります。企業化が進むと、葬儀の料金などに相場というものができていきます。そうなると、さらに地方ごとの葬儀の違いというものは小さく薄くなっていきました。
互助会のような共済には、国の認可のものと無認可のものとがあったのですが、無認可の共済が消費者とのトラブルを引き起こしたことがきっかけになり、「保険業法等の一部を改正する法律」が施行されて、無認可の共済は規制されることになります。こうして、互助会は金融庁に管理されるようになりました。
ちなみに、当社では互助会はありませんが、そもそもの料金が互助会を必要としないような、低い料金となるように設定しています。今後は、このようなスタイルが多くなっていくことが予想されます。

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